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Maison Martin Margiela のジャーマントレーナー

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ども、極上スニーカー特集(予告)から、またしてもこんなに時間がたってしまいました…。ごめんなさい。岸本です。


しかも、またしても、紹介前に本日ご紹介の「マルジェラ」が売れてしまったのです…。(マルジェラを楽しみにしてた方、本当にごめんなさい…)


といいつつ、なぜに売れてしまったマルジェラを紹介するかと申しますと、実はこのマルジェラスニーカーを購入してくださったお客様が、購入する前に





お客様 「これ、買いたいんですけど、もし買ってしまったら、靴ブログには掲載しなくなりますよね…?」

岸 「と、申しますと?」

お客様 「いや、この靴ブログとホームページで見たときからビビっときてて、どんな靴なのか詳しく知りたかったので、ブログのアップ楽しみにしていたんです。詳しく知れないと思うと残念で…」










岸 「 … 書きましょう!!」




となった訳です。(笑) というか僕が早くブログあげていれば全く問題なかったのですから、ほんとに反省ですね。(誤罪)


ということで、本日は「マルタンマルジェラのジャーマントレーナー」をご紹介します。

マルジェラの靴の中では定番中の定番の靴で、毎シーズンでている型なので、同ブランドにご興味がある方には意味のあるブログ内容になるのではと誠勝手に思っておりますので、お付き合いいただければ幸いです。




では、ご紹介していきますね。



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まず一番の特徴はその名のとおり 「ジャーマントレーナー」 ということです。


この靴の形は元ネタがあります。

それは1970年から1980年代の旧西ドイツ軍にて、トレーニングシューズとして正式に採用されていたスニーカー。

ヨーロッパの軍物を好きな方などは軍物屋で見かけたこともある形だと思います。


メンズコレクションをパリでデビューさせたころに突如 「ドイツ軍系シューズ」をマルジェラが打ち出してきたのです。日本発の旗艦店である東京の恵比寿のショップ(移転前)にいったとき、真っ白に塗られた日本らしい古民家、店内も真っ白、販売スタッフさんも白衣で、白にペイントしたりした軍靴をモチーフにしたシューズ類が並んでいるその異様な光景に圧倒されたのを覚えています。

この時のコレクションは裏のテーマとして「反戦と平和」をイメージしていると業界関係者の間では評判でした。

戦争の象徴の「ドイツ軍靴」と「平和の象徴の鳩を思わせる白」…。深いですね。






元々、マルジェラというブランドはデビュー当時から非常にコンセプチャルで、ファッション界の異端扱いされていたブランドなのですが、この徹底したコンセプトを体現した店づくりやコレクションは他を寄せ付けない世界観がありました。



ここで、そんなマルジェラをあんまり知らないという方のために、ブランド紹介。(インターネット抜粋(笑))





“メゾン・マルタン・マルジェラ”(Maison Martin Margiela)は、ベルギー出身のファッションデザイナー“マルタン・マルジェラ”の制作による、1988年設立、フランス・パリ発のファッションブランド。創立者のマルタン・マルジェラ(Martin MARGIELA)は1957年、ベルギーに生まれる。アントワープ王立芸術アカデミーでデッサンを学び、1980年にファッション科を卒業後、ミラノで活動。今ではアントワープの6人(ベルギーのアントワープ王立芸術学院出身のデザイナーの総称。アン・ドゥムルメステール、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク、ダーク・ヴァン・セーヌ、ダーク・ビッケンバーグ、ドリス・ヴァン・ノッテン、マリナ・イーを指す。1980年代後半、学校の同期であった上記6人が共同でロンドンの"The British Designer's Show"にてコレクションを出展し、注目されたのがきっかけ。以後、アントワープ発のモードは世界中から注目されるようになった。後にマリナ・イーが引退したため、現在ではマルタン・マルジェラを加えた6人を指す)の筆頭と呼ばれている。


1983年、パリで初めて見たジャン・ポール・ゴルチエ(Jean-Paul GAULTIER)のショーに感銘を受け、その後、デザインアシスタントとして働く。

1988年、「メゾン・マルタン・マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA)」社を設立。

1989 S/S にパリプレタポルテ・コレクションにデビュー。全ての常識を覆すもので、「デストロイ・コレクション」と称される。高級志向に対抗し、「ポペリズム」と呼ばれる90年代のトレンドの先例を作った。


1998-1999 A/W から 2004 S/S まで、エルメス(HERMES)のレディースプレタポルテのデザインを手掛けた。また、過去にアレグリ(allegri)のデザインも手掛けた。

1999 S/S よりメンズウェアラインを開始。

2000年9月、東京・恵比寿に世界初の路面店をオープン。2002年12月には東京・南青山のフロムファーストビルに、2003年8月には大阪・南船場にオンリーショップをオープン。


2006年2月4日、東京・恵比寿の路面店を移転リニューアルオープン。恵比寿駅近郊の精密機器工場をそのまま用いたコンクリートの建物で、売場面積は従来の倍近い 350平方メートル。2階はオフィスで 3階はショールーム。


2006-2007 A/W には、クチュール組合から正式に招聘され、パリ・オートクチュール コレクション期間中に招待メンバーとして、パリ11区にあるアトリエで、プレゼンテーション形式にてアーチザナルコレクション(0、0・10)を発表。尚、最も製作に時間が掛かったのは、スキー用ブローブを縫い合わせて作ったブルゾンであり、計103時間(プライスは約150万円)である。

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2011年7月、フランス・パリ8区に、メゾン・マルタン・マルジェラがインテリアデザインを手掛けたホテルである「ラ・メゾン・シャンゼリゼ」がオープン。


2012年11月15日、エイチ&エム(H&M)とコラボレートし、「メゾン・マルタン・マルジェラ・ウィズ・エイチ&エム(Maison Martin Margiela with H&M)」を発表。レディース、メンズ、アクセサリーを展開。




デザインの方向性としては「アンチモード」を掲げており、中でも軍服のリメイク品や中古ジーンズに白ペンキのペイント等の作品は「ポペリズム」(貧困者風)と呼ばれた。それまでの煌びやかで優雅な雰囲気を持つ「モード」とは対極のコレクションとして「デストロイコレクション」とも呼ばれ、以降マルジェラの代名詞ともなった。又過去には、畳むと四角になる服などのデザインでコム・デ・ギャルソンと合同でショーを行ったこともある。本人の姿を見たものがほとんどいない(写真などの露出がない)のも有名。





とまあ、な、ながい…。 ブランドの歴史もなんだか説明的で深い…。


パリコレの会場もあえて貧民層の街角(建物ないではなく広場)を使ったり…、モデルに一般人を使ったり…、とにかく規格外すぎる提案を打ち出してきた特殊なブランドなんです。


初期にはこんなぶっ飛んだ作品もあります。


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レコードと蝶ネクタイを素材として縫い合わせたドレス…。





とまあ、こんな実験的かつ破壊的なメッセージを社会に叩き付けてきたブランドであり、その精神性に絶大なるファンが多数という神格化されたブランドでもあります。




かな~り話がそれてしまいましたが、そんなブランドが一番長く取り扱っている定番アイテムが今回ご紹介のジャーマントレーナーなんです。


そろそろ靴のこと詳しく書いていきましょうか(苦笑)





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さきにも書きましたが、この靴はもともとドイツ軍がトレーニングで使用していた靴であり、形も製法もそのまんまなのです。その靴をマルジェラがいきなりピックアップしてコレクションに使用したので、業界人も騒然となりました。

靴底に縫い付けれらているタグにその答えの一部があります。

ここに書かれている「REPLICA」の文字。
これにも深い意味があります。

「Maison Martin Margiela」は、メンズとウィメンズの両ラインでカプセルコレクション「レプリカ」を展開しています。ヴィンテージの服やアクセサリーを「Maison Martin Margiela」による解釈で具現化したもので、それぞれのアイテムを忠実に再現。これまでに30点以上におよぶ服やアクセサリーの「レプリカ」が発表されており、ラベルにはそれぞれオリジナルの用途や年代が記されているのです。


つまりは、この靴は 「70年代のオーストリアのメンズスポーツシューズ」のレプリカであるという表記な訳です。


そもそもレプリカのラインはマルジェラが過去の世界中の服の歴史の中から「これぞ」というものを復刻して、世に送り出しているラインで、基本的にはもう製造されていないもの、ヴィンテージでも希少なものがほとんどなんですが、今回の「西ドイツ軍スニーカー」はそれとは少し違います。

軍物屋さんでも、デットストックや復刻版が売られているこの形を欲しいだけならば、割と簡単に手に入るスニーカーなのです。

にも関わらず、マルジェラのラインの中でも高額な「レプリカシリーズ」の靴が定番化して、人気も高いのはなぜか?

それはまず、マルジェラのメッセージ性に共感しているのはもちろんですが、西ドイツ軍物との違いがハッキリとあるからです。


それは「素材使い」。


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定番ではありますが、マルジェラは毎シーズンこの形と製法を使いながらも、そのシーズンにあった素材替え・色替えを行っているのです。それによって「軍隊物」から「ファッション」に昇華しているのです。

今回ご紹介の靴はタグの記載にもあるとおり

「ラムスキン×カーフスプリットレザー」を使用しています。


ラムスキンとは生後2か月までの子羊のなめし革のこと。この素材は羊肉の料理の多いフランスのとても伝統的なレザーであり、そのソフトな履き心地はとてもエレガントかつ柔らかく、まさにフランス!!!といえる素材です。

カーフは仔牛の革ですが、「スプリット」とはなんでしょうか?

簡単にいうと、カーフレザーは主に牛のサイド部分を使用した高級レザーなのですが、牛革のままではかなり厚みがあるため、薄くするために銀面(表面)から、革を裂くのです。その裂かれた銀面を持たない皮革を「床革」といいます。この部分に特殊な加工をかけたものをスプリットレザーと呼びます。

基本的には、レザーの表面を削りだすときにでる「残りカス」な訳ですから、安価でありワークやミリタリーなどの作業用量産系シューズに良く使われたり、柔らかい特性を生かして、ブルゾンやコートなどにも使われることもある素材です。

この素材をマルジェラが使った理由は恐らく「レプリカの忠実性」だと推測します。実際のドイツ軍が使用していたモデルを僕も数足もっていますが、「スプリットレザー」が使用されているからです。

かといって全く同じかといえば、そこは流石は高級ラインである「レプリカシリーズ」です。

「最高級カーフ」の「スプリットレザー」、しかも銀面直下の第二層の一番上澄み部分。いわばスプリットレザーの中でも最高の滑らかさを出すために、通常とは逆の「スプリットレザーを削りだすために銀面を取り除いた」レザーを使っているんです。

カーフのやわらかさと、ヌバックのような肌触りと見ためのエレガントさ…。 元のドイツ軍のスニーカーは普通の雄牛のレザーに残りカスのスプリットレザー使用のため、レザーはガサガサしていて、へんに光沢感ありで雰囲気は似て非なるものです。


アッパーのメインにラムスキンを使用しているのも柔らかで大人っぽく仕上がっている理由ですが、かなり上質のラムスキンを靴に使用することはあまりありません。ましてや本気の軍靴には絶対使わない高級レザーな訳です。


こういった素材感により、「これはあくまでファッション用シューズなんだよ。軍靴じゃないんだ」というメッセージを感じますね。

タグに「メンズスポーツシューズ」と記載して「ジャーマンミリタリーシューズ」としていないアタリも、何かこいうった深い理由があるのではと思います。



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オリジナルのドイツ軍スニーカーとかなり違う部分は履き口のレザー。

かなりソフトなレザーを使用していて、素足で履くこともできる仕様に代わっています。
この辺もファッション用に改良された点ですね。



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先に話したようにこの靴は「バルカナイズ製法」でオリジナルに忠実に作られています。


「バルカナイズ製法」とは、 ゴム底と靴本体を接着し、 硫黄を加えた釜で熱と圧力をかける製法で、 170年以上も前の1839年に、 アメリカの発明家チャールズ・グッドイヤーが 発明した、まさに“スニーカーの基本製法”です。この製法がヨーロッパのスニーカーメーカーにも広がり、70年代から80年代初期までにかなりのスニーカーがこの製法で作られていました。

しかし、「バルカナイズ製法」は基本的に手作業のため、 想像を絶する労力と手間がかかり 生産効率が悪いので、各メーカーの工場から敬遠され、その数は激減して今ではほとんど行われていません。


こういったその当時(70年代)では当たり前だった製法も現在に同じ方法をするとなると莫大なコストがかかってしまうのですが、それを意に介さず、こだわって「レプリカ」しているのですから、やはりこのシリーズが高くなるのも頷けますね。


さらにドイツ軍のスニーカーなのにレプリカタグには「オーストリア」とかかれているのにもこの辺の製造方法が関係しています。


ドイツ軍のスニーカーは実はプーマやアディダスの工場で製作されていました。これは靴好きには割と有名な話で知ってるかたも多いと思いますし、実際に「ドイツ軍のスニーカーを買ったらアディダスロゴついてた」とか「ソールにPUMAのロゴがあった」なども良くあることです。

(みなさんご存知の通りアディダスとプーマはドイツブランドですね。実はその2社の社長は兄弟であるというのも豆知識ですが。)


このように軍のユニホームや靴をその国の有名ブランドが作ることは割とどの国でもよくあります。よくよく考えたらそりゃそうやろなと思いますがね。(笑)


そして60年代後半から、70年代にかけて、プーマが所有していた製造工場がオーストリアにあったのです。


1968年の時点で、プーマのシューズ製造工場が存在したとされる地域は

ドイツのフォルト、レッケンドルフ、フランスのスフレンハイム、オーストリアのザルツブルグとされています。


そうです。ジャーマントレーナーはその「オーストリアのザルツブルグ工場」で製造されていたんです。



その辺もしっかりと調べ上げて普通だったらタグに「ウエストジャーマ二―」と書いてしまいそうなところを「オーストリア」と書くあたりが非常にマルジェラらしいですよね。


まだレプリカシリーズではなかったころのマルジェラの初期のジャーマントレーナーにはなんとPUMAロゴ記載のソールのものもあったらしいので、本当に凄いコダワリかただと思います。

ここまでオーストリアに拘ったのも、もしかしたら、第一次世界大戦の火種になったオーストリアの内戦などの歴史などもマルジェラの頭にはあって、反戦の意味も込めてこの靴を定番化したんじゃないのか…。とかいろいろと想像してしまう部分です。



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長々と精神性のことを書いて来ましたが、やはり凄いのは

「単純にファッションとしてカッコいい」こと。(笑)

このシリーズには本当に色んな素材使いや柄・色のものが存在していて、「もはや軍スニーカーというよりも、マルジェラのファッションスニーカー」というイメージがついてしまってるかもしれませんね。

軍物とか興味ない人はきっと「マルジェラってカッコいいスニーカーあるよね」って思ってるでしょ。きっと。



軍用のスニーカーがいつの間にかファッションスニーカーに…。

それって凄いことですよね。やはり只者ではないブランドです。



オリジナルの軍スニーカーと違って、紐を外してスリッポンにもなる工夫もマルジェラらしさですし、やはりカッコいい!!!


最後にマルジェラといえばこれ

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数字が羅列された通称「カレンダータグ」。

これがタン部分にガッツリあることで雰囲気が全然オリジナルと違ってしまうんですよね~。
シンプルデザインですが、凄い存在感ですからね。


ちなみにカレンダータグの数字の意味は

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とされています。

写真では分かりづらいですが、この靴のタグは22番に「○」。

靴のコレクションを表しています。

通常レプリカラインは良く14番に所属しているんですが、レプリカとはいえこれはどう見ても「22番」ですよね。(笑)


マルジェラ製作スタッフたちの間で 「いやこれは14番でしょ」とか「どう見ても22番だよ」とか論議あったんでしょうかねぇ…。想像すると楽しいですね。(笑)




ちょっと妄想が過ぎた回になってしまいましたが、マルジェラというデザイナーの凄さが少しでも伝わっていれば幸いです。



今回はこの辺で。
マルジェラにも売れてしまった物にも興味なかった方、長々と失礼致しました。





以上(異常?)、岸本でした。








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